Honey Coming とか


2012 . 01 . 26 01 : 46  書評
 書評を書けと、メイリングにて指令が来てしまいましたので、ボソボソとお書き申し上げる所存。

 書くことがないなぁ、と思って、何か昔に書評めいたことはやってないかしら、なんて。

 勿論、見つかるはずなんてないので、普段の通り、ささやかな前置きを置いた上で、アダルトゲームの評価でも申し上げようと思います。



 大衆小説

 というものについて、少しばかり行を頂きます。


 大衆小説の起源について、wikipediaでは、以下のように書かれています。
「坪内逍遙の『小説神髄』における「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」という主張や、尾崎紅葉らの硯友社による文学の娯楽性の追求から、後の大衆小説の原型となる人情小説・風俗小説の流れが生まれた。」

 平たくいえば、お体裁や格式よりも、筆者の心情や読者の読み易さを焦点に当てたものを、大衆小説と昔は呼んだそうです。
 勿論、小説というのは、最も世間を影響を受け易いものですから、時間の遷移につれ、意味合いはやや変わっていきます。これについては、後記にて少し僕の意見でも述べようかと思います。

 こう考えると、アダルトゲームのシナリオは、カテゴライズするのならば、やはり大衆小説と言えそうです。
 なんていうと、また頭の固い方々のお叱りを受けかねないので、ここでは民俗小説とでも呼称しましょう。

 では、いよいよ書評に入りましょう。

 今回紹介させて頂くものは、Honey Coming
 HOOK 様から、2007年6月29日に発売されたアダルトゲームです。

 シナリオは至って単純。

 恋愛授業という課業の存在する学校での主人公の心の成長を描いたものです。

 恋愛授業とは、創設者の意向により設けられた特別な課業であり、その授業では「恋愛の仕方」のみならず、「他人との接し方」についても学びます。
 勿論、学校イベントもそれに基づいた、一般的な学校とは少し違ったものが取り入れられています。




 この学校はゲームの中でしか存在しないものですが、対人関係の希薄なこの現代社会、
 最も求められているのは阿呆らしい学業ではなく、こういった人間性を尊重した教育ではないでしょうか。

 とはいえ、自分の愛し方すらも分かっていない現代日本人には、価値のないものかもしれません。

 自分の愛し方すら知らない人間が、他人の愛し方なんて分かるはずがない ←あ、これテストに出ます。

 
 そんな感じで、だいたいそんな感じ。

 お疲れ様でした

 終わり。


 文責:土暮次郎(シモ)

 
 ちょこっと大衆小説について。

 大衆小説は、その原義を探るに、「格式・形式よりも人間の気持ちに寄り添ったもの」というのは、本文でも書いた通りです。

 言葉の誕生当初は、生まれたての赤子が手探りで物を形を確かめるように、
 まだまだ曖昧で、懐の小さなものでした。

 ようやく視力や聴力を得、世界を認識し始めたのはどうやら大正中期。
(確かな資料が手元になく、インターネットのみからの情報ソース)
 純文学が文芸雑誌という舞台を得る一方、大衆小説は新聞という舞台を獲得しました。
 教養の高くない人間さえも手軽に読めるという点は、大衆小説の性質と非常にマッチングしています。

 この頃になると彼も幅を利かせられるようになり、人情・通俗小説のみならず、恋愛・探偵などもまた、大衆小説と認められるようなりました。
 私小説の多くもこれに含まれ、中にはトルストイやバルザックなども大衆小説の一部であると認識する人もまたいました。

 時は流れ平成。この時代に入って、大衆小説に新たな変化が見られるようになった。
 ライトノベルという、新たな形の文学の出現である。

 
 ――To be continued


 ※ちょっとしたデータですが、2010年のライトノベルの売り上げは933万部らしいです。
  インターネット由来の情報なので、信憑性は低いです。

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